表現の不自由展・その後

表現の不自由展・その後

あいちトリエンナーレにて、3日間で中止に追い込まれた津田大介芸術監督による「表現の不自由展・その後」。

非常に残念としかいいようがない。

長年に渡り、大なり小なり様々なアートイベント、アートプロジェクトに携わってきたものとして、今回の開催そしてその中止によって、今後「表現の自由」という歩みに対しての悪例を作ってしまったということがとても悲しい。

国や行政などと共に行うプロジェクトに携っている経験者そして責任者なら、今回のような政治プロパガンダ的なものは基本的に避けるだろう。そこに税金が投入されるといった段階で、反日的な内容や国民から反感をかう内容をおこなう矛盾、そして携わる公務員達のことを考えたら、いくら自分がやりたくても公的なお金を使ってやることはできない。また県民、市民に何かしら還元されるような要素も多少でも組み込むことも考える。

無論、今回のように、世の中に挑戦するようなものをアートプロデューサー、美術監督としてやりたいという気持ちもわかる。しかしながら、やりたければ、民間ギャラリーにて民間スポンサーと共に行えばよい。

あいにく僕は展示会を見てないが、観に行った人の感想を聞くと「こんなに騒ぐことの展示物ではない」との意見も多い。

僕もそうなんだろうと思っていた。

津田という男も、ちょっと世の中に騒がれて、とんがったことをやったという評価が欲しかっただけだと思う。

それが予想以上の騒ぎになり、怖じ気づいたというのが本当のところだと思う。そこがまた情けないといったところかもしれない。やることが決まったからには、命をとられようが全うすべきではなかったのかと思う。それだけのことを題材に試みている訳だし・・・・。

慰安婦像を平和の像としての展示という部分に関しては、きっと展示内容を決めているタイミングにおいて、日韓の関係が今のように険悪状態になっていなかったのではと思う。それに関しては運が悪かったのかもしれない。また同時に、僕的には強い嫌悪感はない。韓国人作家の中止の抗議もうなずける。(中途半端なことをやるから次から次への問題が出てくるのだと思う。)

しかしながら、昭和天皇の写真を燃やしている動画による演出は絶対に許せない。自分は神道でも右翼でもないけれど、クリエイターである以前に日本国民として、津田大介という輩にかなり強い嫌悪感をもった。平成天皇や令和天皇をはじめとした皇室が、そして国民が、この演出を見てどんな気持ちになるかとか考えられなかったのだろうか。

それをふまえても、今回の演出にたどり着いたというのであれば、僕としては何も言うことはないかもしれない。

近年の日本にて、政治においても、行政においても、名前が通ってれば何でもやらせるという人選がこういう結果を生み出すケースが少なくないような気がする。

日本は腐ってきているのかな・・・・

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